厄介な新入部員 - 1/4

 がらがらと、やる気なさげな音を立てて扉が開く。扉の開け方一つで、誰かはわかるものだ。私は、扉に背を向けたまま、石膏を描き続けていた。
「…………ゆめさんだけ?」
 ぴくんと、おそらく私の片眉が上がる。やはり、彼か。私は、振り向かずに頷いた。
 ふーんと、興味もなさそうな声が返ってくる。私は、気にしないようにして、手を動かした。
 私は、彼が嫌いだ。いや、苦手と言えばいいんだろうか。
 ここの美術部は、大した部活ではない。絵が好きで、趣味として描きたいなぁレベルの人が集まった、小さなグループ。放課後好き勝手に絵を描く、そんな部活だ。プロとして描きたい人は、そもそも平凡に学力を高めるだけの東仲になど来ない。
 だから、気楽に活動ができる。私も、そうしてきた。
 しかし、この一年生が来てからというもの、なんだか落ち着かなくなった。
 この東仲には、不良グループが存在する。チャラそうな集団の寄せ集まりだったわけだが、一人の男が来て状況が変わった。
 男の名は、吉原たかし。腕っぷしは強く、口もまた達者で、瞬く間にチャラグループの頂点に立った。当然、彼らに歯向かう者は、この東仲では存在しない。
 だから、困るのだ……。“自分も吉原たかしグループの一員だから偉いぜ”と勘違いした一年生が出てきてしまうのは。
 彼……ふじくんもまた、その典型的な一人だった。
 うちの美術部には、一人美人さんがいる。嘘かどうかはわからないが、アイドルにスカウトされたこともあるという美女だ。もちろん、私とはほど遠い。
 彼女目当てで、入部してきた彼。彼女以外にはそっけないどころか、まるで王様のように振る舞う。ジュース買ってこいとパシらせたり、他人の作品を見ては下手くそだと罵ったり、何かあると『たかしさんに言うぞ』と言ったり、邪魔ばかり。
 おかげで、美術部もすっかり廃れてしまった。ほぼ幽霊部員である。私含め数人は、まだそこそこ来るけれど……。それでも、週に二回来るか来ないかだ。
 そんな中、彼だけは、動機は邪だが毎日来ているそう。ある意味熱心だ。しかし、かえってより迷惑なのは言うまでもない。
「最近、ゆめさんくらいしか見かけてないすよ……」
 そうなのか。私は、どちらかと言えば無口で、あまり外で口は開かない。他の部員と話すこともないに等しく、毎日美術室に来るわけでもないから、知らなかった。
「これって、この美術部が地味だからいけないんじゃないんすか?」
 あんたのせいだよ。
「俺思ったんだけどー……。美術といえば、裸婦だと思うんす!」
 ラフは重要だ。大まかなアタリをつけ、その後描き込んでゆく。ラフをそのまましっかり形にさせていくか、下描きとして上に線や色を置いていくのか……。
「ここの美術部で、ヌードデッサンとかしないんすか?」
 え?
「かわいい女の子いるわけだしー……。脱いでもらって、芸術を再確認しながら、絵を描くのってよくないす?」
 …………あきれた。
 下心しかない。吉原たかし軍団のやつらは、そんなことしか考えていないのか?
ゆめ先輩も……さ」
 気がつくと、制服のリボンを、自分のでない手が弄んでいた。背後から、胸元に手を伸ばされている!
「わ、私はしない……!」
「いや、ヌードデッサンだから……」
「もっ……、もうしたっ……!」
 このピンチを切り抜けるには、彼を納得させる必要がある。そう判断した私は、咄嗟に嘘をついた。
 うちの美術部は、新入部員のうちに、ヌードモデルをやらされる。私は一年生の時に入部し、もう三年生だから、しない。
「え……、じゃあ、先輩たちのヌード絵は、この教室に存在してるんすか……?」
「さすがに、プライバシーに考慮して……。破棄します。あくまで、形を把握する訓練みたいなものですから……」
 半分本当、半分嘘。ヌードデッサンはやらないが、一応顧問からの計らいで、水着を着た人間を描くことがある。しかし、モデルも描く人もふざけていることが多く、その場でごみ箱に行くことが多い。ちなみに、モデルは、部員内での立候補制だ。
「………………」
 信じてくれなきゃ困るわけだが、実際に信じていそうなふじくんを見ると、なぜだかいたずら心が湧いてくる。
「だから……、ふじくんも」
「おっ、俺もっ?」
「だって……、ふじくん新入部員で、まだしてないし……」
「え? だ、だって俺、男……」
「いや……、ヌードモデルは女性しかなれないわけじゃないから」
 ふじくんは、信じているらしい。普段しゃべらない私は、なぜか“正直者”と見られることが多い。そのせいだろうか。
 ふじくんは、困っている。このまま退部してくれると、私も他の部員も嬉しいのだが。